きっと、誰かが 世の中を良くしてくれる。

幼い頃の私はそう思いながら、学生となり、社会人となり、母となった。

我が子を抱いた瞬間、世の中の事全てが我が事になった。
私達が作る今の世界で、将来子供達は生きなければならない。
そう思った時、私は重く大きな責任を感じた。

今行われている政治は、果たして未来を、子供達の将来を、日本の行く末を本当に見据えているのでしょうか。
大切な人の未来を、政治家と呼ばれる人々にすべて託して良いのでしょうか。
もう、静観してはいられない。黙っては、いられない。私は、動く。

大切な人と日本の未来を守る為に。
母の勇気で、区政を動かす。

さんのへあや の あゆみ

1989年(平成元年)東京都生まれ。
0歳から父親の仕事の関係でタイ(パタヤ・バンコク)に移住。
帰国後は江戸川区の幼稚園、小学校、中学校に通う。
中学三年時に再度タイ(バンコク)へ移住し現地のインターナショナルスクールに転入。
日本の大学で福祉政策を学ぶために帰国し上智大学へ入学。 その後両親の帰国に伴い江東区在住。
東日本大震災の翌年、丸紅株式会社へ入社。
仕事の傍ら社会福祉士の資格を活かし江東区区民委員として障害者福祉計画・障害者計画の制定に携わる。
2019年 統一地方選挙にて3,630票ものご支援を頂き江東区議会議員に初当選。
1期目から様々な政策を実現し、江東区民が直面する理不尽・不平等に真正面から立ち向かっています。

挑戦に至るまでの経緯

障がいを持つ身内がいる家庭で育ち、社会で自立して生きていく事の難しさに触れる。
将来は「誰もが幸せに暮らせる社会を作りたい!」と思うようになる。
13歳の時に父の仕事でタイ・バンコクへ移住し、インターナショナルスクールへ転入。入学当初は全く英語が喋れず授業に付いていけなかったが、その悔しさをバネに泣きながら日夜猛勉強。最終学年で生徒会に入り、卒業式で生徒代表スピーチをするまでになった。
日本の福祉について学ぶ為に帰国。
大学では障がいを持つ方々への就労支援を課題として、課題解決の為の手段を模索。
福祉の現場、NPO法人、厚生労働省での実習等を経験し、結果、すべての場面で感じたのが政策の重要性。
福祉の基礎や概念を変える政策を作り出すにはどうしたら良いのか。そこで見出した答えが、政治家となり福祉の政策に携わる事。大学卒業後は丸紅株式会社にて貿易実務の仕事をする傍ら、政経塾での勉強や区議員の手伝いなどを経験。
しかし、政治家になる事を手段ではなく目的としている人が多く、しがらみや私利私欲だらけの政治の世界を垣間見てしまい、政治が嫌いになる。
地域の福祉に貢献する為、江東区区民委員として障害者福祉計画・障害者計画の制定に携わる。
妊娠・出産・育児を通して、それまでとは別の角度から、世の中の理不尽さや不平等さに直面する。
「出産前から努力をしても子どもの預け先が見つからない」「子どもを災害・犯罪・いじめ・虐待から守るための制度がない」何よりも母として子どもの生きる未来について考えたときに、かつての自分が理想とした「誰もが幸せに暮らせる社会」がどこにも見えない。 一度は目を背けた政治の世界であったが、既得権益に群がる人々に、大切な子どもの未来を任せてはいられないと強く思うようになる。 「福祉」への強い想いと共に、初心に立ち返り、江東区政への挑戦を決意。
2019年4月3,630票のご支援をいただき初当選。