生年月日 | 平成元年3月9日 |
出 身 | 東京都武蔵野市 |
血液型 | O型 |
資 格 | 社会福祉士・精神保健福祉士・保育士・剣道三段・簿記三級・タイ古式マッサージ師免許・災害救援ボランティアセーフティリーダー・自動車普通免許 |
家 族 | 夫と息子2人 |
好きなもの | 手芸、鳥(文鳥などの小鳥や猛禽類)、青少年漫画、アメコミ |
座右の銘 | 勤倹尚武(きんけんしょうぶ) Leave the world better than when you found it. (生まれた時より良い世界にしてこの世を去る) |
学 歴 | 2001年 江戸川区立清新第三小学校 卒業 2003年 江戸川区立清新第一中学校 転出 2007年 International School Bangkok 卒業 2012年 上智大学総合人間科学部社会福祉学科 卒業 |
職 歴 | 丸紅株式会社 |
1989年(平成元年)3月9日、東京都武蔵野市の産院で誕生。
誕生後直ぐに父親の仕事の関係でタイ(パタヤ・バンコク)に移住。
4年後に帰国し、その後合計8年間をタイで過ごす。
兄と弟に挟まれて育ち、活発で負けず嫌いな性格に。髪の毛も短くしょっちゅう男の子に間違えられていた。幼稚園から新体操を始め、様々な運動に打ち込む。学校では演劇部に所属し人前で表現する事が好きになる。(但し今でも音痴です…)
中学校ではバスケ部と生徒会に所属し、充実した学生生活を送っていた矢先にタイ移住が決定。現地のインターナショナルスクールに転入する。負けず嫌いな性格を発揮しバスケチームや陸上部などに所属。学校代表となり近隣諸国に遠征試合に行く経験を重ねる。現地の孤児院で子ども達と触れ合う等の活動にも力を入れ、卒業までに100時間以上のCommunity Service(社会奉仕活動)を経験する。
日本の大学で福祉政策を学ぶために帰国。福祉の現場、NPO法人、厚生労働省での実習等を経験する。正しい日本語を身につけるべく放送研究会サークルに所属し、アナウンスの練習や映像作品制作に勤しむ。在学中に倉庫の棚卸しから飲食店などアルバイトを20種類程経験。「私はどんな仕事でも楽しむ事ができる」と自信を付ける。
東日本大震災の年に就職活動を経験し、紆余曲折を経て丸紅株式会社へ入社。同時に実業団剣道部に所属する。剣道を通じて夫と出会い結婚。仕事の傍ら、社会福祉士の資格を生かし江東区区民委員として障害者福祉計画・障害者計画の制定に携わる。
育児休暇中、会社から理解を得て統一地方選挙に出馬。
(※詳細は挑戦に至るまでの経緯をご参照下さい)
地盤もない江東区で家族による手作り選挙を行い、3,630票ものご支援を頂き初当選。当選後様々な政策を実現し、江東区民が直面する理不尽・不平等に真正面から立ち向かっています。
一期4年間の取り組みを多くの区民の皆様からご評価頂き、2023年4月に行われた二期目に挑む選挙では8,935票ものご支持を頂戴する事ができました。(トップ当選、江東区議会議員選挙 過去最多票。)
区議2期目の任期途中、区長辞職に伴い区長選再選挙が実施されることになり「政治家による汚職が続く江東区を、区民の手に取り戻す」という決意のもと出馬。無所属ながらも30,132票を獲得し3位で惜敗しました。
2024年7月に行われた東京都議会議員補欠選挙(定数1)に出馬し、87,249票もの支持を頂戴し当選を果たすことができました。
上田令子都議と共に地域政党 自由を守る会 会派を組み、日々行財政改革と福祉の向上に取り組んでいます。